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ある30代後半の経営者に起きた、絶望と希望の「生還ストーリー」

それは5年前のこと。東京都内の立川市のある信用金庫に、私は融資担当者に呼ばれて訪れていました。残暑が残る季節の平日朝10時。まだ暑く、外ではセミの音が鳴り響いてました。
建物に入り銀行窓口の女性に名前を告げると、彼女は融資担当者を呼びに行きフロア内の彼も私に気づきました。いつもの作り笑顔ではない顔での会釈でした。他の窓口女性から案内されるままついていくと、そこはいつものカウンターではなく「広い応接室」でした。汗だくのYシャツの背中にエアコンの冷房があたっていた。
・・・・
「生稲さん、聞いておられますか?」
融資担当者の声にハッと我にかえった。ああ、そうだった。しばらく待ってたら、融資担当者だけじゃなくなぜか上席の銀行員も2名応接室に入ってきたんだった。この信用金庫に融資してもらっている新築アパート案件の建築をする建築会社が倒産してしまい、何とか引継をしてもらえる建築会社を見つけたので融資期限を伸ばして欲しい、って話をしたところ上席の人から話を遮られて何か話をされたんだっけ。
「ただいま、お話しした通り、当行が新築アパートの土地・建築費用としてご融資をお約束しております1億3000万円のうち次回証書期日で実行分の全額をご返済頂きたいです。社長には借換先を早急にお探し頂くことを推奨いたします」
何かフワフワと現実感のない感覚で他人事のように聞いていた。幽体離脱して自分自身を遠くからみているような感覚だった。なんで私はいつもの融資担当者だけじゃなく複数人の銀行員に囲まれているんだ?
「社長のご期待に添えず申し訳ありません。ご説明にご了承いただけましたらこちらの書類にご署名だけ頂きたく…」
フワフワしていた感覚から一気に引き戻され、途端に心臓の動悸が止まらなくなった。心も体もパニック状態だったが、渾身の声を振り絞って今すぐに決断はできないと言い席を立って失礼した。
外に出ると日差しが強く、相変わらずセミの音が鳴り響いている。なぜか暑さも、セミの音も感じない無音の世界の中で考えが回っていた。
🌀なぜ、自分が?
年間CF2500万で順調だったはずでは?
🌀なぜ、自分が?
売却益7000万で順調だったはずでは?
🌀融資一括返済って、映画とかドラマだけじゃないのか。本当にあるのか
🌀1億3000万の融資をあと1か月で全額返済?そんなのできるはずないだろ!
🌀1歳と2歳の小さな子供がいるのに…大切な家族に何て言えばいいんだ
空虚な絶望感が襲ってくる中で、かろうじて駅までフラフラと歩いて向かっていた。
「自分は、ただただ無知だったのか」
帰りの電車は平日昼間というのものあって空いていて席に座ることができた。各駅停車の南武線の列車がゴトンゴトンと音を立てるたびに、夢のような・・・ただの夢だったら良かったような現実が改めて自分の胸に突き刺さってきた。
思い返せば沢山の問題の兆候はあった。他の投資家が新築不動産投資で建築会社が倒産した…大変な状況だ、という話も聞いたことがあった。
でも、心のどこかで「自分だけは大丈夫、そんなヘマはしない」と思っていた。
こんな状況になってから、ふと思い出した。
「不動産投資は投資ではない、投資と名のついた不動産事業だ」
多くのセミナーで成功した不動産投資家が共通して、そして繰り返し言っていたことだった。
・投資家
投資資産を保有し、保有後は他社経営。限定のあるリスク/リターンの世界。成果は選定次第(選定前までの影響力のみ)
・事業家
投資資産を保有し、保有後も自ら経営。上限のないリスク/リターンの世界。成果は経営次第(選定だけでなく全領域に影響力あり)​
そうか…自分は「事業家」をやっているつもりだっただけで、実はただの「投資家」だったのか。
資金調達(融資)を得た成功で事業家になったつもりで、いざ建築が始まれば何も経営者らしいことはせず建築会社にただお任せするだけ。
「他責思考も甚だしい…」
どっかの会社の株を買って、会社が傾いても愚痴を言って傍観して、その会社が倒産して、株券が紙屑になったらこんな気持ちになるのか。
もしタイムマシンがあって過去に戻れるなら、もっと私にはやれることがあったように思う。
夢遊病者のように帰宅すると部屋に閉じこもり昼過ぎからベッドに横たわる。妻に「少し1人にして欲しい」とLINEで伝える。
私は経営者の絶望をテレビやネットの向こう側で眺め、他人事のように受け流していた人間だった「大変そうだなぁ…でも自分には関係ないし」と。
夕方になって保育園から子供達が帰ってきた音がする。
1歳と2歳の可愛い小さな子供の笑い声がドアを2つ隔てたリビングから聞こえてくる。なぜか、とりとめもなく涙が出てくる。
言葉に出すこともできなかった絶望のエネルギーが、無邪気で小さな子供の声をきっかけに解放されるのを感じる。
病人のように何とか日々を過ごし、僅かな食べ物を口にし、妻の無言の心配を遠くに感じ、子供の遠慮なしの無邪気な声を遠くに聞きながら、ベッドに横渡り絶望に向き合う

ある日、投資家の友人から突然の電話があった「いくちゃん、あの建築会社の人が自殺したって聞いた?」
絶望の刃が、いざ自分にその突きつけられたとき、人は初めて絶望の底が抜ける音とともに深淵の闇を覗く。
「(絶句)…いやごめん、初めて聞いた」
青天の霹靂だった。映画やドラマの世界で人は簡単に死ぬけど、自分の人生で高齢の寿命以外で会ったことのある人が死ぬことに触れるのは初めてだった。
その人は結婚したての新婚だった。配偶者はどれだけの悲しみだったのだろう・・・
新築不動産って、そこに住む人が心が踊るような新しい空間にワクワクして
(安心感)
(充実感)
(大切な人との絆)
を持てるような、その地域に根ざす幸せな家作りだったはず。
「素敵な家を作ってくれてありがとうございました」
関係する人みんなと、そんな声をかけあえるはずの取り組みだった。
それが、いつの間にか新築不動産で、
(絶望感)
(空虚感)
(大切な人を失う孤独)
が作り出されてしまっている。
「自分の大切な人が自殺したら…どんな気持ちになってしまうのか」
「1歳と2歳の無邪気な子供、質素で献身的な妻、子供を信じてやまない母…誰が死んでもやりきれない。想像したくない」

理想と違う地獄、これが現実だった。
今の自分には大切な人たちが多いからこそ、絶望の深さがあった。独身だったらもっと気楽だったのかもしれない。
自分の中にあった深い無力感、向けようのない怒り、悲しみの全てがあった。
追い詰められての自殺…
一つの尊い人間の人生が、家庭が、夢が崩れ去った光景だった…
(無知だった自分にできることはなかったのか?)
(今後もこの悲劇を食い止められないのか?)
(悲劇の中、助け合えるような仲間はいなかったのか?)
…同時に絶望の深淵に身に覚えがある懐かしい小さな小さな炎を感じた。
もしかしたら私はその“底なしの絶望”を、過去に体験してたのかもしれない。
そして私はこの時に改めて深く気づかされた。
「絶望」を感じることそのものが、「希望」そのものにつながる力があること。
絶望と向き合うことこそが、自分の中にある希望を見出すことなのだと。
その時の強烈な体験が、「無知」なだけで無責任な業者の言われるがままにリスクに晒される「投資家」を、
問題を解決できるリスク許容度の高い「事業家」に再現性をもって成長させる新築不動産投資スキル体系化への情熱の炎となりました。
(無知だった自分の悲劇を公開(出版)し、多くの人に警鐘を鳴らそう)
(今後もこの悲劇を繰り返されないための投資家→事業家となれるスキルを体系化しよう)
(悲劇の中、助け合えるような相互扶助コミュニティを作ろう)
沢山の新築不動産投資家の失敗という屍と、私が経験した修羅場の中で繰り返された失敗・成功によって磨き上げられた実践的サバイバルスキルによって、
新築不動産投資が1つずつ体系化されていったのです…

【伝えたいこと=自分がやっている取り組みの中心部分】

初めまして!
新築不動産投資サバイバル大全の著者:生稲崇です。
ここまで読んで下さったあなたに、私たちの活動の原点となった圧倒的な絶望の中で大切な人を守るため、
「他人に未来を依存する投資家」
→「自分で未来を切り開く事業家」
に成長するストーリーを共有させていただくことができ、心から感謝をお伝えいたします。

私は自身は、現在
・新築不動産投資サバイバル大全
・民泊旅館業投資サバイバル大全
の著者として、不動産投資という一見不労所得を夢見て買えさえすれば人任せでも儲かりそうな投資が、
実は「無知&人任せ」が人生を変えるようなリスクを含み、
反対に「学習&実践」が再現性あるリスク管理と、人生を変えるようなリターンを生み出せる。
投資と名前がついていても実は不動産投資ではなく不動産事業であり、ただお金を投資さえすれば成功するわけではありません。
投資手法ごとに事業のリスク・リターンをコントロールすることができる体系的サバイバルスキルを伝えています。

【伝えたいこと=権威性】
2024年8月に週刊SPAの扶桑社から出した著書『新築不動産投資サバイバル大全』は、コロナ禍からの建築会社倒産が右肩上がりに激増する「大倒産時代」において

・Amazonランキングで6冠
-1位 建設業界
-1位 建設・住宅
-1位 アパートビル経営
-1位 不動産投資
-1位 株式公開
-1位 不動産投資(贈答ランキング)

・紀伊國屋ランキング
-3位 紀伊國屋(全国)
-1位 紀伊國屋(新宿本店)

・週刊SPA
見開き2ページ特集
・Yahooニュース掲載

など、新築不動産投資のみならず注文住宅で自宅を作られる建築会社・工務店を使う全ての方々に、リスク管理の方法をお伝えさせていただきました。

・2023年 東京ビッグサイト 賃貸住宅フェア講演
・2024年 東京ビッグサイト 賃貸住宅フェア講演

などの大きな舞台で2年連続のセミナー講師だけでなく、雑誌連載や全国の大家会でのセミナー登壇も続いています。
現在では総投資総額13億円を超える不動産賃貸業を中心に、最近では民泊・旅館事業などを2024年7月から僅か半年で一気に9棟立ち上げるなどしています。一見すると、順調すぎるサクセスストーリーに見えるでしょう。
でも、ここだけは声を大にして言わせてください。
「私は、過去に何度も“もう死んだほうがマシだ”と思う地獄を見てきた人間だったんです…」

【伝えたいこと=生い立ち】

幼い頃、木工家具の職人である零細企業社長の父は頑固職人気質の“どんぶり勘定”が日常でした。お金の管理は全くせず、仕事なら何でも人情で受けてしまうタイプ。母は早朝:清掃員、昼は商社の事務正社員、夜も清掃員で朝昼晩も週6日働き通しでした。私は家に経済的余裕がなかったせいでゲームすら買ってもらえず、小遣いは週100円。小学校時代は友達がビックマンチョコのシール欲しさに買っては捨てるチョコをもらって凌いでました。
「夢を持つなんて、贅沢すぎる…」
裕福なマダム達シロガネーゼが住む港区白金という住所で私は生まれ育つも、そう自嘲するほどの住んでる場所とはかけ離れた貧しさに囲まれて劣等感の中で育ちました。
高校時代に進学クラスに進むも進路相談で担任と大喧嘩し、なんとなく海外に飛び出す道を選びます。高校卒業後、母が大学進学費用に貯めたお金でイギリスに語学留学し、初めて手に入れた“自由”に舞い上がります。恋愛、酒、サッカー…完全に遊び呆け、勉強など二の次。母が朝昼晩と働いて稼いだお金を湯水のように使っていました。
帰国後は当然ながら高卒ニート状態で、金もなく、希望もなく、ただ「俺の人生、どこで間違った…?」と苛立ちしか残らない。
どうにか高校時代のバイトの先輩のつてで、カフェバイトを始めましたが、もちろん時給は1000円ちょっと。
何とか現状を打破するために、掛け持ちで
・朝はカフェマネージャー(5〜10時)
・昼はイタリアンシェフ(11時〜14時)
・夜はバーテンダー(19時〜深夜2時)
週6日・毎日15時間働いても月30万円がやっと。
「こんなに頑張っても、なぜ人生は変わらないんだ!?」
苛立ちの矛先は浪費に向けられ、金利15%超のリボ払いに手を出すしかなくなり、借金は雪だるまのように増えました。
そこで「いつか社長になって金持ちになるんだ!」と、生き方を変えるために経営者となるための修行の道を選びます。

【伝えたいこと=理想と現実のギャップ】

2005年(当時24歳)のころ入社したのがリクルートでした。
リクルートは合理主義と軍隊主義が合体したような人材輩出企業で、徹底した結果主義の会社でした。そこで私は人生で初めての猛勉強と猛仕事でMVPセールスも経験しました。ただその激務と成功の絶頂期に結婚・育児も重なり、激務をしながらの育児との両立は当時若かった私には不可能に近く、ついに重度のうつ病を2008年ごろに発症し、1年以上も休職。
収入もない状態だったため幼い子供がいながらも、離婚せざるをえない状況となりました。最後に残ったのは元々あった多額のリボ借金だけ。母にリボ借金を全額返済してもらい実家に戻る羽目に。まさに…悪夢でした。
しかし、悪夢はまだ続きました。何とか1年以上のリハビリを経て2009年後半(当時28歳)ようやく正社員として就職。少しは生活も落ち着くように思えたのも一瞬でした…2011年(当時30歳)の頃までに、またお金の管理能力のなさからリボ借金は膨らみ、あっという間に200万円近くに。2011年末には追い討ちをかけるように私はバイクを運転中に交通事故に巻き込まれます。客を拾うために急停止したタクシーにぶつかり、私は右足根骨骨折と頚椎捻挫となってしまったのです。ギブスと松葉杖をついての長期間のリハビリを余儀なくされました。

【伝えたいこと=底辺の味わい】

2012年(当時31歳)の骨折のリハビリ期間中に古本屋で出会ったのが『金持ち父さん 貧乏父さん』でした。そこには「お金の稼ぎ方」ではなく「お金を仕組みで増やす方法」が書かれていました。雷に打たれたような衝撃でした。骨折のリハビリをしながら、新しいキャリアを模索するためにプログラミングを学び、不動産投資家たちと知り合い、「最後に行き着くのが不動産投資だ」という言葉を聞いて「これだ!」と直感。少しずつお金の管理を学んだおかげで、リボ借金を返済しながらも僅かな貯金をできるようになりました。
お金の勉強を始め希望が見えた矢先、なんと父が何年もの間あらゆる税金を滞納していたのが発覚したのです。都税事務所から父の唯一のプライドとも言える白金の実家は差し押さえられました。うつ病闘病から何とか社会復帰し正社員になった自分の僅かな貯金と、退職したばかりの母の勤労30年退職金まで投じて父を助けようとしたのに、父は母から退職金も含む全財産を奪うと部屋の鍵を変えて着のみ着のまま追い出しました。
母は私が住んでいた当時18㎡の1口コンロの3点ユニットのワンルームに転がり込むしかありませんでした。2012年(当時31歳)の未だ底辺から抜け出せない私と、定年退職したものの退職金・預金の全て奪われた61歳の母との共同生活が始まりました。そんな底辺の共同生活が始まってすぐ、父から母に離婚調停申立があり裁判所の争いもスタートします。
当時は、小さなシングルベッドに母、床に布団を引いて私が寝るという2人の底辺生活。夜、物音一つしない暗い部屋でした。なれないホームヘルパーの仕事をし疲れて帰宅した母が1口しかない電気コンロで、遅くに帰宅した僕のためにキャベツとネギを入れてインスタントラーメンを作っている姿を見ると、ふっと虚しさとともに怒りがこみ上げる。
「これって底辺の生活じゃないか?60歳越えの退職後の母が、財産もなくバツイチの頼りない息子と住んで。何より、もう一家離散じゃんか…」
と、思わず呟いて涙がこぼれてくる。
それと同時に
どうして家族のために朝昼晩と働きづめだった献身的な母が、こんな仕打ちを受けなきゃならないのか?
子育てと貧乏のために30年の青春を犠牲にした母親の老後が、こんなんじゃあんまりじゃないか?
これが破綻した会社の家族の結末なのか?
ひんやりとした布団にこもり込んで家族を捨て沈みゆく会社と自分のプライドにしがみついた父を思い出すと、憎しみが湧いてくるのと同時にどうしようもなく人間として哀れでもあった。経済的に困窮し変貌した人間の醜さを感じた。
「どうしたら、この真綿で首を締めるような経済的地獄から抜け出せるのか…」
そんな負のエネルギーを私は、唯一の希望だった不動産投資に全力でぶつける日々が続きました。

【伝えたいこと=底辺からの脱却も、さらなる無限地獄へ】

不動産投資によって豊かさを追い求めるために踠き挑戦し続ける日々が2012年から2年ほどあり、2014年に初めて2棟の物件を購入。その後も継続して物件を買っていくことができました。さらに新築不動産投資に挑戦し、2017年には月100万円のキャッシュフローを実現+売却で7000万円の利益が確定し、晴れて会社を辞めFIREを達成。
「私も勝ち組の仲間入りだ!」と自信満々で、
「ようやく人生が変わる…!」と心から思えました。
そして、本当に少しずつ人生が変わり始めました。
ずっと貧乏だった母は週末のフリマで洋服・小物を探しては「ルイヴィトンの財布が600円で買えた」と喜んでいて、私にも「バーバリーの服があったから」と2サイズも大きいものを買ってきては人生の中に小さな楽しみを見出していました。外食なんてせずいつも自炊ばかりの母。
今まで母が私たちのために捧げた青春を遅ればせながら少しずつ取り戻せるようにしてあげたい…そんな気持ちで
・2014年 人生初タイ・カンボジア旅行、ベトナム旅行に年2回、母を海外に連れていく
・2015年 母がフィリピンに3ヶ月の語学留学(滞在中に沢山の友達ができ、アクティビティを楽しむ)+僕の婚約者も一緒に家族全員で沖縄旅行
・2016年 僕が国際結婚+子供も授かる
・2017年 母がイギリスに1ヶ月の語学留学の後、僕と合流しイギリス→イタリア(アマルフィ)→ギリシャ(サントリーニ)に連れていく
そんな、数年前なら夢のようだった親孝行を実現することもできるようになったのです。
また、底辺だった自分自身の人生も、美しく聡明な妻との結婚や、子宝にも恵まれようやく正しい方向に向いてきたように思ったのです。
この当時は合計6棟(新築5棟・中古1棟)を一気に仕込んでおり、全てが実現すれば年間CF2500万。毎月200万もの自由なお金が入る予定だったのです。
ですが、まるで悪魔が笑っていたかのように、8棟目・9棟目の新築建築が同時進行で遅延し、莫大な追加費用を請求される事件が起こりました。しかも融資を受けていた信用金庫が不祥事の影響で回収モードに入り、いきなり1億3000万円を一括返済せよと通告してきたのです。
頭の中が真っ白になりました。
自己破産、倒産、一家離散――あらゆる最悪のシナリオがちらつき、夜も眠れない日々と酒を飲んでは現実逃避する日々が続きました。
自分の家族の一家離散のきっかけとなった、父の会社がデジャブのように回想される日々。
「1億3000万をどうやって返せって言うんだ…ふざけるな!!」
「自分のこの幸せな家庭も、自分の無知&人任せのせいで崩壊してしまうのかっ!!」
さらにこの新築計画に関わっていた取引先の一人が追い詰められ、自ら命を絶ってしまうという悲劇まで重なりました。
その人はしかも新婚だったのです。
「今度は自分の番なのか…!」
「自分のこの多額の借金→倒産・自己破産に巻き込むくらいなら妻とは離婚した方が幸せなのかも…!」
「そうすれば、もし最悪自分が自殺したとしても大切な人にそれを見られずに済む…」
心が粉々に砕け、張り裂けそうでした。
幼い子供の無邪気な笑い声、妻がその何気ない幸せを感じる眼差し、幸せの全てが自分の心に突き刺さってきます。
父親の倒産→一家離散の地獄を経験し嫌悪していたにも関わらず、今度は自分自身が大切な人に行おうとしている現状。
しかし、ここで私は父と違う結果になりました。
「新築不動産投資サバイバル大全」をお読みの方はご存知かもしれませんが、勇気を出して妻に今の現状を打ち明けたのです。
「大丈夫」
「みんなが健康でさえいれば何とかなる」
「私も働いてるし最低限食べていくのは大丈夫よ」
妻の言葉に胸の奥につかえていた「こうあらねば!」という幻想がせきを切ったように取れ、涙が溢れてきました。
私には過去の経験から「家族」というのは脆く儚いもの、だからこそ稼ぎ成長し続けなければ危うい。そう思っていました。
しかし「家族」という最小単位のコミュニティが持つ、その「相互扶助」の強さ、大切さを実感した瞬間でした。
散財しないで支えてくれる質素で慎ましく美しい妻。
無邪気に笑う1歳と2歳の子どもたち。
朝昼晩と働きづめで30年以上の青春時代を犠牲にして育ててきた母。
「ここで私が折れたら、大切な人たちまで道連れにしてしまう…!!」
そう考えた瞬間、どんなに苦しくても踏ん張るしかないと思えました。
絶望に打ちのめされた心に、希望の炎が宿ったのです。

【伝えたいこと=無知&人任せの不動産投資家→学習&実践+コミュニティによるリスクリターンを管理する事業家への転換】

そんな、私はあらゆる資金繰りと問題解決を総動員し、やるべきと思ったことは即行動しました。
(対 建築会社)
・倒産しそうな建築会社との契約書を自分で作る
・建築会社の下請が敷地に入れないようバリケード
・建築会社の下請を調べ直接のタフな交渉
・全ての建築書類に目を通し全ての状況を正確に把握
・建築士も建築会社も全てを自分が段取り
→結果、倒産し荒廃した現場2件も全て竣工!

(対 銀行)
・5人以上の弁護士に相談し解決のポイントを探る
・銀行との裁判沙汰も覚悟するマインドセット
・手形貸付と証書貸付の違いを学ぶ
・貸付の銀行立場を踏まえたタフな交渉術
・弁護士から銀行本部へ内容証明の指示
→結果、私の希望通りに融資条件に!

(対 資金繰り)
・現金7000万円もない中で、一括支払い7000万以上の資金繰りの危機
・一括支払いを平準化し危機を薄める方法を探る
・倒産防止共済、制度融資(公庫(経営環境変化対応資金)、セーフティネット貸付など)を駆使し危機を平準化)
→結果、毎月の家賃収入から損失を定期的に支払う仕組みに転換し、一括支払いを回避!

(対 孤独)
・大家友人、大家会でも自分が倒産トラブルであることを隠さない(開示するようにした)
・「助けてほしい」「こんなことで困っている」、と素直に具体的に声をあげるようにした
・心配してくれた大家の先輩、友人が声をかけ励まし、協力してくれた
・実は同じ建築会社倒産をした人、今その渦中の人が声をかけてくれるようになった
・同じ建築会社倒産を経験しながらも今は大成功しているメンターと知りあえた
・大切な休日にそんな仲間が僕の物件を一緒に視察し、飲みながら励ましアドバイスをくれた
→結果、最も辛かった「孤独」から解放され、同じ苦しみを分かち合う相互扶助の「コミュニティ」に支えられ精神を強く保てた

そういった取り組みの全てが連鎖して、
「もう終わりだ…」
と叫びたいような無限地獄から私は何とか生還できました。
無知&人任せなことで「他人にリスク&リターンを依存する投資家」
→学習&実践+相互扶助コミュニティによって「自分でリスク&リターンを管理できる事業家」
に成長することができたのです。
この絶体絶命の地獄にあらゆる実践を経て分かったことは、様々な不動産投資手法があり、その中で新築不動産投資が“王道”だろうが何だろうが、リスクリターンを管理する再現性あるサバイバルスキルを知らなければ簡単に地獄に突き落とされるということです。
・ 「無知&人任せこそが最強のリスク」
であり
・「学習&実践こそが最強のリスク管理」
だということ。
そして何より大切だったのは、投資家・事業家という孤独な戦いの中でもお互いに支えあえる相互扶助の「コミュニティ」の存在でした。
自分の家族、そして同じ苦しみを分かち合う大家仲間…単位は違えどこの存在こそが学習&実践の精神的支柱とも言える最も大切な原動力となるものです。

【伝えたいこと=理想的な未来の実現】

そんな新築不動産投資におけるリスク・リターン管理、そして相互扶助コミュニティの大切さ、すべて詰め込んだのが、出版した『新築不動産投資サバイバル大全』です。出版してから沢山の方からLINE公式を通じて相談が来るようになりました。新築不動産投資の見えない落とし穴にはまって、人生がまるごと崩壊寸前まで追い詰められる人が、人知れず全国のあちこちにいることに確信を持ちました。

そんな時に人知れず命を絶った新婚だった関係者を思い出します。
新築不動産に関わり、一つの尊い人間の人生、家庭、夢が崩れ去ったことです…
(無知だった自分にできることはなかったのか?)
(今後もこの悲劇を食い止められないのか?)
(悲劇の中、助け合えるような仲間はいなかったのか?)
私の父も最初は、ただただ一生懸命だったはず。
でも事業家としての「学習&実践」が十分ではなく、また相互扶助コミュニティもなかった。
そのために一家離散し大切な家族を不幸にせざるをえなかった。
自分も父と同じ一歩手前までいってしまい、心が砕かれ引き裂かれそうな思いを経験した。

ですから、私はまだ「大成功だ!これから安泰だ」なんて思えません。
なぜなら、建築会社「大倒産時代」の荒波で苦しみ絶望している人たちが無数にいるから。
もちろん新築不動産投資だけではなく、
民泊・旅館業投資も、
中古不動産投資も…
全ての投資手法で異なる苦しみや絶望があるはず。
その全ての投資手法ごとに再現性あるサバイバルスキルを体系化し、
自分自身の大切な人たちを思いがけず「絶望」に突き落としてしまう投資家を1人でも減らし、
自分自身でリスクリターンを管理し困っている投資家を励ませるような事業家を増やしたい。
そして困った時に支えあい、成長を喜びあえる相互扶助コミュニティにできたなら…
倒産しそうな建築会社や、失敗しそうな投資家だけを責めて終わってはいけない。知らなかった、自信がなかった、あるいは周りから何もアドバイスを得られなかった――そういう人たちを他人事のように傍観していれば、また一つの尊い人間の人生が、家庭が、夢が崩れ去るような悲劇は繰り返される。だから私は声を上げ続けようと決めました。東京ビッグサイトの賃貸住宅フェアでのセミナー講師でも、雑誌の連載でも、オンライン講座でも、Youtubeでもどんな場でも構わない。私が体験した血と涙の物語が、誰かの「あと一歩前に進む」きっかけになり、絶体絶命の状況になっている人の「ほんの僅かな希望」になれば、それこそが本当に誰かの幸せに繋がるんじゃないか。
この先の読めない大倒産時代、何も背景を知らない人は「いくちゃんは、そんなにしてまで不動産投資を広めたいの?」と言うかもしれません。ええ、僕は広めたい。だって“不動産投資”は老若男女問わずやり方さえ正しければ、本当に自分が望んだ人生を歩むための最適な手段になるから。私は母に子育てで失ってしまった青春を取り戻せてあげられたことを本当に良かったと思う。
そんな風に沢山の人が幸せになれば良いと思う。でも、不動産投資に無知なことで地獄に落とされる人もいる。それは不動産投資自体が悪いわけではなく、“知識や対策を持たずに挑む”からこそ悲劇が起こると確信しているから。
私はそんな「無知」なだけで無責任な業者の言われるがままにリスクに晒される「投資家」を、問題を解決できるリスク許容度の高い「事業家」に再現性をもって成長できる世界に変えたいんです。
(無知だった自分の悲劇を公開(出版)し、多くの人に警鐘を鳴らそう)
(今後もこの悲劇を繰り返されないための投資家→事業家となれるスキルを体系化しよう)
(悲劇の中、助け合えるような相互扶助コミュニティを作ろう)
という理想のビジョン・世界観を実現でき、
一つの尊い人間の人生、家庭、夢が崩れ去ることを減らし
一つの尊い人間の人生、家庭、夢が喜びに溢れることを増やしたい
私達は自分自身、大切な人達の幸せを求めて不動産投資をしようとしている。
そして、その作り上げた家で、単身の、カップルの、家族の、たくさんの人達の人生を過ごす場所を提供している。
私たちは、関わった不動産に住む人たちが
・もっと安心に
・もっと満足に
・もっと一緒に
「大切な人との人生をいつまでも分かち合って過ごせる」
幸せを生み出す不動産を広めていく世界を作るための学習&実践を継続しています。

だから、もしあなたが今、私が経験したのと同じように
・苦しい人生から脱却したい
・これから不動産投資をしたい
・理想の未来に変えていきたい
と思うなら、ぜひ私たちと一緒に学び実践して
不動産を通じた幸せの輪を広げていきましょう。

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